佩
京都MUSEで年が明けmy name isで着地時負傷、携帯を拾ってくれたgirlsとテキーラという繊細さの欠片もない異例の元旦を過ごし、足をびっこひきながら地元帰省などをこなしました。2026年1本目は堺Tick-TuckでPAIL OUT企画 佩流逢人。マタノシタシティーに惹かれるようになった理由の言語化ができず、楽曲のポップさに感想を頼り切っている昨年までだったので明確な何かで表したかったのが本心。この日から少しずつ秘めていた内側のことが繋がってきた気もします。

最近は自分達のツアーがある関係で誰かの為に歌うのが久しぶり、と啖呵を切ってポポ、高松RIZIN’のバンドなのでライズ・イン・サン、高速ぽろりぽろりと流れていく。地元ライブハウスを背負うのがかっこいいのは百も承知ですが、RAIZIN’の置かれている現状が脳裏にちらつくと背負っているものの重さが変わる。PAIL OUTに向けたみたいな歌と称して太陽にほえろ、颯太さんがこの日の4バンドそれぞれを「~の子」と後で例えていてPAIL OUTは太陽の子。的を得た過不足ない受け止めと解釈。企画の四文字を分解して字が持つ意義を語る。‘’流行るならオリジナルで‘’と鱗。
そういえば鱗の歌い出しってなんであんなに視界が開けた感じがするんでしょうか?僕はいつも、この企画で言う「佩」を感じていたんですね。心にとどめて忘れない。決意決心、前は向いているけれどそれでも残る少しの不安。この2行は小説の書き始めですか?冒頭のギターも暗さはないけれど、か細さがあって。‘’旅立ちの匂い~‘’で真っ先に浮かぶのは去年のオドナンONGIstage、前後のゴタゴタ含めてその人間味やあたたかさが手離せない理由なのかも。
これは余談ですが香川の引田という町にこの字を背負った手袋の職人会社があるみたいです。僕はこういう人情とか想いが篭ったものが好きです。‘’敢えて‘’選ぶ言葉に向き合うことは、こういう記憶と意図とが結びつく瞬間に出会うことなのかもしれません。(さすがに話が出来過ぎ、まさか颯太さんがね)
壊れた空調にあやかりライブハウスを温めるのは空調でも缶コーヒーでもなくライブと心のカタチ、今年は最初からクライマックス光る街。
過不足ない温度感で向き合える才能、これです。あとはこの音楽を取り巻くものは信用できるともひっそり感じています。この感覚が深まっていくだけです。
【この日のラーメン】亀王 恵美須町店
亀王は九州油ソバ一択なのですが、期間限定次郎もどきを食べました。豚バラ薄い上にジャンキー感が足りません。亀王は細切り人参で華やかな油ソバの伝道師しか食わぬ

光芒
1,000万円貯金人間と1,000万円借金人間では後者の方が社会的には魅力的である、らしい。借金は信用問題。それだけ稼ぎと返済能力があるという判断をされる。富が富を生むという仕組み構築がなんたらかんたらとか...表面的な意味で世間体では悪と言われていることと改めて対峙すれば、真理が浮き彫りになって目の前の善悪が揺らぐ、みたいな経験を最近よくしている気がします。
そんな富豪達のことはさておき、パンピーわれわれには安定志向かつ危険を排除する教育が刷り込まれているのでリスクは悪、異常者は蚊帳の外、みなさんは高みの見物なわけです。そんな中でリスクを面白がれるのはある意味才能だと思うんですよ、というか阿呆です。面白がっている人も僕も。
何かに囚われたようにライブハウスにいるわけですが、これは一般的には阿呆の異常者と言われています。回数や頻度がすべてではないと思いますが、足繫く通ったからこそ最近見えそうなものがあります。音楽のdarkの部分、さらに言えばpopの根底にあるdarkです。
darkの解釈。ネガティブな印象が一般的ですが、必ず‘’光‘’との対比で表現されます。この位置関係が好きなわけです。渇望感であって決して絶望感ではない、藻掻きながらも光に手を伸ばす構図が一番美しいと僕は思っている。そして心髄となってきた信じる音楽、バンドにはこれがある。
止まる理由も続ける理由も、経緯や心境がなんとなく察せてしまうのは根底の部分が通じ合っているからだと思っていたい。通じ合う根の暗さ、これはとてもポジティブな意味で。だからdarkが生むpopを体現しますよ。僕には稼ぐ才能も音楽の才能もないので、言葉で表現。折角生きているので、善悪は自分で決めたいものです。
ということで2026年見えたものを記録に残すことにしました。1月天王寺で決意したものの腰が重くて今日になっちゃいましたね、がんばるぞエイエイオ~
p.s. ラーメンコラムもやっちゃいます、火影のHakubiはこの目にどう映るのかな、
未来の種
20歳大学生の頃、ストレスで胃腸炎に侵されながらも飛ばした飛行機。あの時の大阪十三GABU、たしか3曲目か4曲目のサイレン、が今日まで続いている気がした。翌年6月寝屋川VINTAGE、BIGCAT、九州各地のライブハウス。就活にコロナ禍を経て、何をしてもあの頃の熱量に2、3℃足りない日々の中、広島のサーキットフェスで見たUnblockが相変わらず力強かった記憶がある。なんとなく、そうなんとなく。
今思い返せば出演が決まっているまことさん主催のDE.BU FES、1月の名古屋SSMCの会場BGMはUnblockが流れていたし、あのワンマン振りのVINTAGEは縁があって今年になって3月と5月に2回。過去の呟きとそれに紐付く出来事のひとつひとつが繋がって伏線のようになっていた。
走り続けていたUnblockがどうして止まってしまったか、その理由を聞いて悲しく思ったし、それでも卓磨さんらしさ、人間らしさがあった。ちゃんと卓磨さんの口から聞けてよかった。そしてどうしてまた歌う決断をしたのか、これもまた卓磨さんらしかった。
待ってたぞって告げたおじさんも、スピーカー前で拳あげていた女の子も、どこの誰か知らないけど、きっと通じ合えていた。知らないけれどそれでいい。
2週間後の寝屋川VINTAGEが本来のUnblock活動再開、今日はあくまでリハーサル。卓磨さんにとっても僕にとっても“うたのある生活”が帰ってくる兆し。ずっと足りなかったピースが嵌りそうな気がしている。きっとあの時の未来の種。
また生まれ変わっても、本当に名曲ですね。
2025/8/19(火)京都GATTACA
田口卓磨pre.
"うたのある生活"
田口卓磨(Unblock)
未来の種
サイレン
萱島駅
Lump
また生まれ変わっても
行進曲
Blue
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同じ場所にいて同じものを食べて同じような生活をしていても 感じ方次第で充実させたい、がモットーである。一をみて十くらいは感じたい。だからくだらないアイスが当たった話もするし ストーリーに猫を載せたりする。今では見過ごしがちな景色を 純粋に綺麗だと言えた幼い頃にはもう戻れないけど 童心を忘れない大人になりたい。
無数にある切り捨ててきた道の一本一本を後悔することはあっても たった一本の歩いている道にはなかなか目がいかない。なんとなく歩いている、気づけば思ってたよりも5、6歩先を歩いている感覚。そんな中で 見上げた星空が綺麗だと思える感情は描き消したらいけない。忘れるなら残す、歓びを共有する。エゴでも自分を肯定していきたい、誰も傷つかないなら正解だと思う。
運命とやらを信じるか信じないか、みたいなことは その行動のドラマチック度合いに支配される気はするが、「巡り合わせ」はあると思う。
この巡り合わせを、僕は信じたい。